花火の夜に願うこと

めいまる(命・子育て)

私の住んでいるところでは、毎年大きな花火大会がある。

たくさんの人が集まる、大きなお祭りだ。

我が家は庭から花火を見ることができるので、

毎年身内が集まってBBQをしながら花火を見るのが恒例になっている。

今年は、母の後輩を一人誘った。

その人は、母の高校時代の後輩。

昔から母に憧れ、母のことを慕ってくれている人で、今でもたまに実家に遊びに来てくれる。

2年前。

彼女は癌の告知を受けた。

非常に珍しい癌だった。

それでも彼女は、癌と闘う道を選んだ。

私たちと会うとき、彼女はいつも笑顔だ。

そして、私たちが知らない「先輩としての母」を、たくさん教えてくれる。

私の母は、どちらかというとおせっかい寄りの世話好き。

おちゃらけていて、だいたい夜になると酔っ払っていて(笑)、料理が上手。

なぜか周りからは、

「面白いお母さん」

という印象を持たれている。

でも、昔の母は教育熱心で厳しかった。

私が思春期の頃は何度もぶつかり、

「お母さんなんて大嫌い」

と思ったこともある。

そんな母も、いろんなことを経験して、少しずつ丸くなった。

おばちゃんになった母。

まだ60代だけれど、それでも少しずつ母の老いを感じるようになった。

そんな母の高校時代の話は、なかなかおもしろい。

父と付き合い始めた頃の話。

職場での母。

母になる前の母。

私の知らない母の一面を、彼女はたくさん知っている。

「そんなことあったの?」

と笑いながら聞く話の一つ一つが、私にとっては母の知らなかった過去を覗くようで、

なんだか新鮮だった。

そんな彼女が、先日、余命宣告を受けた。

余命3ヶ月。

そう告げられて、彼女がどんな思いでそれを受け止めたのか。

私にはわからない。

少しずつむくみがひどくなり、歩くこともきつくなってきている。

それでも、この日も彼女は笑っていた。

夜空に大きな花火が上がる。

色とりどりの光が、夜空いっぱいに広がる。

その花火を、彼女は何を思いながら見ているのだろう。

顔を見ることはできなかった。

ただ、静かに夜空を見上げる彼女の背中を見ていた。

小さな背中だった。

でも、その背中はとても強かった。

必死に生きている人の背中だった。

そして、笑顔で気丈に振る舞う彼女の笑顔は、

とても儚くて、

とても綺麗だった。

来年も。

またみんなで、この夜空に打ち上がる花火を見たい。

どうか、彼女に奇跡が起きますように。

どうか、彼女が心から笑えますように。

どうか、彼女が痛みから救われますように。

私にできることは、ほとんどない。

ただ静かに祈ることしかできない歯がゆさを胸に、

私は今日も生きる。

今日も心が、少しまるくなりますように。

またここまるで🌿

コメント

タイトルとURLをコピーしました